国会議事堂中央ホール 幅5m×高2.5m
   

文化のみち二葉館 名古屋市旧川上貞奴邸ステンドグラス修復復元

「日本の女優第1号」と言われた川上貞奴と、名古屋を拠点に電力事業を起こした福沢桃介が暮らしていた洋館です。
わが国の住宅建築におおきな影響を与えた「あめりか屋」による設計施工です。

旧川上貞奴邸ステンドグラス修復及び移設工事に於ける
修復工事報告書

(株)松本ステインドグラス製作所
作成日 平成18年9月30日

1修復概要

各箇所の作業内容は以下の通り。

建具番号 箇所、備考 寸法 枚数 内容
WW-1 展示室窓 踊り子 W380×H1360×3枚 【復元】
WW-2 テラス出入り口 左欄間 W633×H480 【復元】
〃     左観音開き窓 W650×H1350 【1枚→4分割@W278×H608】
【破損ガラス接着】
【外周鉛線交換】
WW-3 〃     右欄間 W633×H480 【復元】
  〃     右観音開き窓 W650×H1350 【復元】
WD-5   〃     中央欄間 W633×H480 【クリーニング】
  〃     中央扉 W489×H595 【クリーニング】
WW-5 展示室 欄間 アルプス W645×H610×4枚 【クリーニング】
WD-1 壁面 紅葉 W1267×H499 【外周鉛線交換】
正面玄関欄間 【ガラス嵌入】

1 復元
参考資料より復元図を起こし、承認されたガラスを用いて新規に製作した。

2 パネル分割
縦横中央鉛線及び外周鉛線を除去し、各寸法に成型した後、新規鉛線にて外周のみ組み替えた。

3 外周鉛線交換
外周の既存(後補)鉛線を除去し、新規鉛線にて外周のみ組み替えた。

4 破損ガラス接着
破損箇所に接着剤を充填し、接着した。
表裏面とも、触れた際に怪我をしないよう、エッジを覆うように盛って接着した。

5 クリーニング
市販の中性洗剤を用い、タワシや洗車ブラシでブラッシングし洗い落とし、流水で十分に洗剤を流した後、乾いた布で表面の水気を軽く拭取り、自然乾燥させた。

6 ガラス嵌入
正面玄関欄間:木枠にガラス 仏サンゴバン社No.10を嵌める。
■WW-1 展示室窓 踊り子
原図は以下資料を参考に復元した。
① 田辺千代氏書簡 (○○年3月24日付 鈴木栄蔵氏宛)
製作者は志村博氏であること、デザイン作者が杉浦非水であることがわかった。

② 川上貞奴邸写真資料 
外観 (資料①)・・・左より笛、踊り子、竪琴または琵琶、おおよその配置がわかる
撞球室(資料②)・・・室内側写真より、外観右の楽器が竪琴であることがわかる。

③ 世界人物図案集成 (1957 杉浦非水、資料③)
田辺氏書簡より、杉浦非水の画風を参考にするため、画集を探し出すと、図案集「世界人物図案集成」に原図に酷似した人物画があることが判明した。

資料① 外観            資料② 撞球室        資料③ 世界人物図案集成

以上資料より、1/10縮尺図を作成(資料④)し、十数回の修正の後、原寸図を作成(資料⑤)。
  
  資料④ 縮尺デザイン         資料⑤ 原寸図
■WW-2,3 WD-5 テラス出入口
緑枠部分が点付け工法にて組み替えられた後補箇所である。後補箇所はクリーニングのみ行った。赤枠部分は消失しているため、以下資料⑦を基にデザインを起こし復元した。
欄間の復元デザインは、資料がないため、周囲のデザインがつながる様に作成した。(資料⑧)

        資料⑥ 後補及び復元箇所

資料⑦ 正面玄関 あじさい          資料⑧ ステンドグラス縮尺デザイン

■WW-3 分割箇所
左写真資料⑨はWW-2下部分で、縦横中央線に沿って4分割した。
分割後、各4枚の外周は、新規鉛線で組み替えた。

中心線部分で、斜め線がずれている箇所(赤丸囲み部分)が見受けられるが、これは、既存が4分割されていて、間隔が開いていたことを示す。前回修復時に、4枚独立していたものを、1枚に組みなおしたことが分かる。

間隔は、試験の結果、35mm~60mmの間で自然に見えることが分かり、設計者に報告した。

資料⑨ WW-3分割前

■破損部接着(WW-2下)
修復作業中に誤って破損した箇所は、ガラスを保存するということで、破損線を残したまま、接着を施した。
【接着剤:エポキシ系2液混合式ガラス用接着剤】

表裏面とも、触れた際に怪我をしないよう、エッジを覆うように盛って接着した

■WW-5 展示室1 南アルプス
クリーニングのみ行った。

■WW-2 展示室7 もみじ
鉛線やガラスを含め、竣工当時のオリジナルである可能性が高いため、組み直しはせずに、外周鉛線のみ取り外し、新規鉛線を用い、内部と同様に外周のみ、全面半田工法で組み替えた。
外周鉛線を組み替えた後、硫酸銅でメッキをし、クリーニングをした。

■玄関欄間
16 分割された木枠に、仏サンゴバン社製No.10を嵌め込んだ。
2 工程
(1)復元
① ガラスカット
先端に工業用ダイヤの付いたガラス切りを用い、型紙の縁に沿ってガラス表面に切断線を入れる。切断線に沿って素手で割り、縁のエッジを矢床【やっとこ】で成型する。
   

② 鉛線組み立て
新規鉛線にてガラスを組み立てる。
新規鉛線二辺のヘリの鉛線を固定し、端から順にガラスを置き、ガラスが動かないように釘で仮止めをし、一辺のガラスを組み終えた段階で釘を抜き、鉛線をガラスに沿って組み込む。H溝鉛線は内部まで差込み、芯を一体にさせる。同様の作業を繰り返し行う。

③ 全面半田付け
新規鉛線の上に触媒として、牛脂に松脂(ヒノキのヤニ=松ヤニと呼称)を混合させた油(※触媒油=ヘッド)を塗り、全面ハンダ付を行う。
接点のガラスとの隙間には、厚紙を差込み、内部に余剰半田が回らないようにする。特に接点部分は、内部を一体化させるため、内部芯まで半田を充填する。また、表面全てを半田面で覆うため、半田の掛け漏れに気を付ける。

④ 洗浄
ハンダ付にて使用したヘッド(特に鉛線の内部に入り込んだヘッドを)を除去するために、中性洗剤、熱湯にて洗浄する。

⑤ パテ詰め
ガラスとケイム溝の隙間に新規パテを充填する。
工程②で表面より組み立てたため、4.5mmのH溝に対し、3mmのガラスは下に下がっている。パテ詰めは裏面より行う。パテを詰めた後は、竹ベラ等を用い縁に沿ってパテを切っていく。ガラス、鉛面をウェスで磨き、ステンドグラスの表を返して再度同じ工程を繰り返す。再度裏に返すと、表面より充填したパテが押し出されているので、同じく竹べらで除去する。表裏両面を磨いて次の工程に移る。

⑥ 補強取付け
4×6mmの真鍮角材の表面を研磨し、全面半田でコーティングする。(→表面が半田で覆われるため、⑦のメッキコーティングが可能になる)
ステンドグラスの見えが掛かり寸法(枠内寸)に合わせ両端を斜めに切断し、裏面の鉛線と交差する部分すべてに半田付けで接合する。

⑦ メッキ
新規半田付部分の半田面の劣化を減少させるため、メッキ液(硫酸銅水溶液)をタワシに塗布しブラッシングする。銀色の半田表面がイブシ色に変化する。補強裏面は、ステンドグラス表面からガラスを通して見えるため、線状に裂いたウエスなどを用い、メッキをする。

⑧ 洗浄
市販の食器洗い用中性洗剤を用い、ガラスやケイム表面に残留した硫酸銅水溶液をタワシや洗車ブラシを用いブラッシングし洗い落とす。流水で十分に洗剤を流した後、乾いた布で表面の水気を軽く拭取り、自然乾燥させ、すべての作業の完了とする。

(2)分割、外周鉛線組み換え
① 補強角材の撤去
真鍮角材と鉛線の接点にフラックスを塗布し、ハンダゴテで熱を加え、半田を溶かした箇所に紙を差込み、剥離させる。

② 外周鉛線の撤去
外周鉛線と内部につながる接点に亀裂を入れ、ハンダゴテで熱を加え、接合部分のハンダを除去し、端から順に紙を差込み、剥離させていく。
裏に返し、同じ手順で剥離させ、外周鉛線を外す。

取り外した鉛線断面の様子(右写真)
突き付け工法のため、接点内部は空洞で、表面のみ接合されていたことがわかる。

③ 新規外周鉛線の取付け
外周鉛線部分のみ、(1)復元工程②以降と同じ。該当箇所に⑥補強は取り付けなかった。

3 材料等
(1)ガラス
破損のない既存のガラスは保存し、破損箇所及び、復元に用いた淡琥珀色(アンバー)ガラスは、以下、現在入手できる近似する候補の中より色が最も近い仏サンゴバン(Saint Gobain)社 No.10 を使用した。
【候補】
米ココモ(kokomo)社 No,181G
      〃   No.182
      〃   No.183
仏サンゴバン(Saint Gobain)社 No.10       (↑交換ガラスの色比較)

(2)鉛線
建具より外したステンドグラスは、WD-5を除き全てが平成4年に一心工房にて組み替えられていたため、既存材ではない。また、既存製作者志村氏の工法が全面半田工法であるのに対し、土屋氏の工法は接合部分のみ半田付けをする点付け工法であるため、この鉛線を保存することは重要ではない。今回の修復にあたり、志村氏の工法に則り、全面半田工法を採用する。今後の耐久性、強度、全面半田工法への適合性も含め、志村氏の使用部材と同じく、C型平型鉛線を採用した。

↑今回の修復にて使用したC型平型鉛線

使用した鉛線は、鉛にアンチモニ(Antimony)1.75%を含有(*アンチモニの量により鉛の硬さが変化するが、ステンドグラスで使用するものには、通常、1.25%〜2.25%のアンチモニが含有される。)するもので、井上金属工業(株)にてH溝に加工後、弊社工場へ持ち込み、ドイツ製鉛線圧延機(*)にて使用する形状に圧延した。

(*) ドイツ製鉛線圧延機
昭和初期より使用されていたドイツのメーカー(メーカー名不明)製の鉛線圧延機の鋳型。
下図()のように型はA型〜H型まで、幅は2mm〜16mmまで1mmピッチのコマがあり、溝幅は4mm〜6mmまで0.5mmピッチの歯車にて圧延可能。昭和23年の弊社創業より現在も使用しているもので、宇野沢にて使用していた圧延機と同じメーカーより取り寄せる。しかし、これは当時と全く同じコマであるとは言われており、現存する宇野沢作品の鉛線から推測すると、ほぼ間違いという推測はできるが、全く同じものを使用したかは写真や資料には残っておらず、確証がない。
(3)ハンダ
ハンダは鉛線と同じく井上金属工業(株)にて加工したもので、鉛50%,スズ50%含有のものを使用した。後述する硫酸銅メッキ液はハンダ内部のスズに反応する。

(4)ヘッド
ハンダを熱で溶かす際に、ヘッドと呼称する油を使用した。主原料は牛脂(ヘッド)にヒノキのヤニを溶かしたのものである。フラックス(塩化亜鉛)に比べ濡れ性(ハンダゴテを使用した際の付き易さ)は低いが、ケイムへ劣化への影響を考え採用。ヒニキのヤニは、ケイム上に解けた半田を流し易くし、コテ先の洗浄効果もある。

(5)パテ
パテは、大豊塗料株式会社製志水白パテに、黒ニス、光明丹、ボイル油Aを混合させたものを使用した。黒ニスはパテに粘性を与え、硬化後にパテ表面が粗挽けるのを押さえるとともに、メッキ液による内部腐食(浸食)を防止する。光明丹(紅妙丹)を混合するのは、戦前より宇野沢工場で使用していた製法である。これは、錆び止め塗料として使用されている朱色の粉末で、注入したパテが鉛線の内部にて腐食を防止する。黒ニスと光明丹混ぜ、メッキ後の鉛線の色に合うよう焦げ茶色にする。ボイル油Aはパテに粘性を持たせ、ケイムとガラスの奥まで隙間なく充填しやすくする。
このパテを使用することにより、1〜2年を費やし内部パテをゆっくりと硬化させ、硬化後はパテが剥離せず、粘性を持たせながらガラスと鉛線とを一体化させることができる。
また、この硬化後の粘性が、自重による湾曲の際にクッションとなり、歪曲によるガラスの割れを防ぐ役割もすると考えられている。

(6)メッキ液
メッキ液には志村氏の在勤した宇野沢スティンドグラス製作所にて用いていた工法と同じく、硫酸銅飽和水溶液を使用した。この硫酸銅は、ハンダ表面のスズに対し反応し、表面に銅皮膜面を作り出す。これにより、空気中の水蒸気による酸化は銅皮膜のみに発生し、内部の鉛の劣化を防止する。皮膜の色はイブシ色である。その時の温度、湿度、濃度その他の影響により多少青、黄、赤身掛かったイブシ色になるが、その調節方法は分かっていない。時間の経過とともに黒くなり、25年ほど経過したものは殆どが黒くなっている。

(7)洗剤
鉛線を含む部分の洗浄には、市販の食器洗い用中性洗剤を用いた。また、ガラス面の油膜やヤニの除去など、鉛を使用していない部分(または解体後)にはマジックリンを使用した。

以上

                 
物件名文化のみち二葉館 名古屋市旧川上貞奴邸
所在地愛知県名古屋市製作年 2004年
寸法 各種
原画杉浦非水
設計/施工伝統技法研究会